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1-12 床矯正

- 床矯正は矯正歯科では名脇役の装置ですが、非抜歯矯正治療の主役の装置ではありません。 -

歯列矯正といえば、笑ったときに"ギラッ"と光るワイヤー矯正を思い浮かべられ、二の足を踏まれる方が多いのではないでしょうか?そういう方のニーズを満たしてくれそうなものとして、床矯正というものが最近話題になっているようです。床矯正とはいつでも取り外せる装置で、とても簡単な装置です。主に、子供の歯列拡大に使用されています。ただし、床矯正は特別なものではなく、数ある装置の中でも古くからある一般的な装置です。何故、今頃話題になっているのか不思議です。歴史があってそんなにいいものなら、世の中は床矯正だらけになっているかと思いますが、そうはなっていません。

床矯正は大抵の矯正歯科で扱っています(もちろん当院でも使用しています)が、実は使われる頻度は多くありません。子供に使用される装置ですが、大人で使用されることは稀です。上顎前突、下顎前突などの骨格性の不正咬合に、メインの装置として使用できませんので、限定的な症例に使用されたり、補助的な装置として使われたりする程度です。また、簡単に取り外せるため、固定式装置に比べて治療効果の点で劣っており、このことも、使用頻度減少の原因となっています。更に、歯を平行に移動(歯体移動)できないので、傾斜移動のみでは、噛み合わせをうまく作れない場合があります。歯は本来噛み合うための器官ですから、噛み合っていないと容易に元の位置へ戻ってしまいます。80点を目指して床矯正治療を受けたのに、傾斜した歯が元に戻って不合格点になってしまったという場合も起こりえます。また、口が閉じられないくらいに拡大して、口元がお猿さんのようになってしまった失敗の症例が、ネット上に散見されます。

「床矯正で非抜歯矯正治療できますか?」との問い合わせがあり、どうも『床矯正=非抜歯』との誤った認識が一般に広がりつつあるようです。当院でも、一連の非抜歯治療の中で、一時的に床矯正装置を併用する場合はありますが、床矯正単独で、合格点の非抜歯矯正治療を行える症例は非常に少数です。逆に、「床矯正で抜歯矯正治療をできますか?」と言われると(そのようなことを聞かれたことはありませんが)、それはまったくできません。床矯正には、抜歯によってできた歯のスペースを閉じるような高度の歯の移動は無理なのです。床矯正で抜歯矯正をできない以上、目指すべき方向は非抜歯矯正と言うことになります。"目指す"と"できる"は違うはずですが、どうもそのあたりが曖昧にされ、『床矯正=非抜歯』という図式が意図的に作られつつあります。床矯正で非抜歯矯正が完結する可能性は低いというのが実情です。

大方の矯正専門医院では以上のような認識だと思いますが、床矯正が話題になるのも、簡単で負担のないものや、できるだけ目立たないもので子供の治療を受けたいという親心が根強いからです。また、「そこそこ治れば良い」という希望もあり、Bestでなくても床矯正でBetterな矯正治療というのが、そのニーズに合致したからでしょう。しかし、Betterだったはずなのに、治療後しばらくしてBadな結果になる症例があるとすればどうでしょうか。Bestな結果を求めたからこそ、治療途中に許容範囲を見極めてBetterにもっていけるものです。また、Bestな結果を求めたからこそ、治療後少し戻って、Betterになるということはよくあります。しかし、最初から妥協的な治療で、ドンピシャBetterな結果というのは意外に難しいものです。Bestな結果を目指しながら、患者さんの多様なニーズに合わせてその結果をコントロールできるのが本当の矯正のように思います。

"ギラッ"と光るワイヤー矯正と書きましたが、最近は白や半透明のキレイな矯正装置が人気です。さらに、白いワイヤーもありますので、ほぼ真っ白にできるようになりました。床矯正のみにこだわるべきでないように思います。

また、歯にかかる負担を減らすようなセルフライゲーションブラケット装置(デーモンシステム)等もありますので、床矯正でなくても子供を思う親心も満たされるのではないでしょうか?

P.S. その1
大学病院矯正科での卒後教育はワイヤー矯正(正式には、エッジワイズ装置やマルチブラケット装置という)がメインです。認定医試験で求められる症例も、ワイヤー矯正による治療例です。これはアメリカ寄りの教えが大学で課されているからだけではありません。かって、今から40年近く前、私の出身大学でも矯正科の医局内は、床矯正派とワイヤー矯正派に二分されていたそうです。しかし、いつのまにか床矯正派は淘汰されてしまいました。これは、歯の移動方法の多様性・移動の正確性・治療の可能性・治療の予知性等、ワイヤー矯正が床矯正より優れていたからです。時代の必然だったのです。

P.S. その2
以上を読まれて、私が床矯正を否定していると感じられる方がいらっしゃるかもしれませんが、当院でも床矯正装置は症例によっては大活躍しておりますので、それを否定するものではありません。ただ、床矯正しかやりませんでは、そのデメリットから患者さんが不利益を被る可能性があるかもしれないとの危惧からです。また、幼稚園ぐらいからのとても早期からの床矯正にも疑問を感じています。もし、幼稚園から開始して、それでは治らず本格矯正に移行した場合、治療期間はきわめて長いものになってしまいます。その中には、自然な成長発育で自然に治ってしまう子供も含まれている可能性もあります。そのような場合、床矯正が無駄であったばかりか、過剰な矯正治療になってしまいます。子供の負担を軽減しながら、期間や費用を節約したつもりが、そうはならない場合もあることをご理解頂きたいと思います。

P.S. その3
ほてい矯正歯科のページ内にあるこちらの記事(話題の床矯正)もご覧下さい。

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